福井、京都、滋賀、兵庫4県で
仮設レンタル事業とシステム足場請負事業を営ませて頂いておりますフクムラ仮設です。
ちょっと今日は昔のことを思い出していました。
家業を持っている家庭にはよくあることだと思うのですが、
私は幼少のころ、現場の職人とセンターのスタッフに囲まれた生活をしておりました。
小学校のころには仕事が忙しい時にはセンター内の一人として駆り出されることがありました。
猫の手も借りたい状況だったのでしょう。
私の記憶の中では、いつもリフトマンがセンター全体の流れを掌握していました。
送り出していく荷物に返却される荷物、それらを次々と処理しながらも、
センター全体の整備係の手を休ませることはほとんどありません。
センター全体を走りながら、それでも個々の性格まで読んだうえで
動いていたのではないかと思います。
リフトマンはとてもカッコよく、花形の仕事でした。
リフトマンがセッセと仕事をすれば、我々もそれにつられてセッセと仕事をしました。
そのころは今のようにリフトを誰でも乗れた訳ではありませんでしたから、
阿吽の呼吸で新たな荷物が自分の手元に届くのが、なんだか誇らしいような気持ちでした。
どのような職場でもこの存在が必要なのだと思います。
リフトマンは単なるリフトマンではなく、同時に管理職でした。
誤解を恐れず書きますと、
管理職とは部下に「仕事」をさせてこそのものだと思うのです。
「仕事」に「」を付けたのは、手を動かすだけでなく、
目的を持たせて働かせて初めて仕事だと思っているからです。